スピリチュアルペイン

 

 最近、副会長を務めている『京都府がん患者団体等連絡協議会』の関係で、『がん患者サロン世話人養成講座』『ピアサポート研修会』など、がん対策の講座に参加する機会が増えた。そこで必ず紹介されるのが、「トータルペイン」(全人的苦痛)という考え方である。

 

 近代ホスピスの創始者と言われるシシリー・ソンダースが唱えたもので、人の苦痛には、身体的苦痛の他に、精神的苦痛、社会的苦痛、スピリチュアルペインの四種類があるという。

 

 身体的苦痛は肉体的な痛みや倦怠感・不眠などが考えられ、手術や投薬などの科学的な治療で軽減することが可能である。精神的な苦痛は、病気に対する不安や孤独感・うつ状態などで、精神科医によるカウンセリングや投薬によって改善することができる。社会的な痛みというのは、病気に伴って発生する経済的な悩みや仕事への不安・家族間の問題などがあり、ソーシャルワーカーや行政を窓口にして解決が図られる。

 

 日本人に分り難いのがスピリチュアルペインで、人生の意味や罪の意識への問いかけ、死と死後の世界に対する恐怖や不安などだと言われている。先の三つと比べてみると、医療とは距離を置いた内容だということが分る。どちらかというと、哲学や宗教の分野に近く、医師が治療できない類の痛みである。

 

 先日の『ピアサポート研修会』では、身体的苦痛については各部位の医師が専門的な講義を行い、精神的苦痛については精神科医が「精神腫瘍学」という新しい分野の可能性を語った。社会的苦痛では行政の健康対策に関わる担当者が徐々に整備されつつあるサービスについて説明した。ところが、スピリチュアルペインについては誰も語ることがなかった。科学的に説明することが難しい痛みなのだ。

 

 そもそも、トータルペインの発想そのものがイギリス人のものであり、キリスト教を基盤にしている。クリスチャンにとって、死は神に召されることであり、天国で神と共に復活を待つのだと信じられている。死後の世界のイメージが出来上がっているのだ。だからこそ、キリスト教系のホスピスではチャプレンと呼ばれる宗教者が末期患者のベッドサイドを訪れ、共に神に祈って患者を見送ることができる。

 

 ところが、現代の日本人の多くは、自分が死んだらどうなるのかという死のイメージを持ち合わせていない。かつては、黄泉の国や極楽浄土を信じることもできたが、第二次大戦後の教育で目に見えないものを全て否定してしまった。科学で解明できないものは信じることができないのだ。

 

 しかし、科学者が自ら言うように、科学で分っていることは知れている。医師の多くも、人の身体はよく分らないと言う。科学先進国であるヨーロッパやアメリカで今も、「人は神がつくった」という教えが堂々とまかり通っている所以であろう。

 

 では、国民の7~8割が無宗教だという今の日本では、スピリチュアルペインにどう対処すればいいのだろう。宗教的な自覚が薄い日本人には、精神的苦痛とスピリチュアルペインの区別がつかないかもしれない。スピリチュアルペインを「こころの痛み」などの言葉に置き換えると、少し理解し易くなるのかもしれない。霊的な痛みと訳しているケースもあるが、日本人にはもっと遠い存在になってしまう。

 

 多くの人が同じ宗教を共有している欧米では、死や死後の世界に対する共通の認識があり、最終的な着地点が見えている。宗教者は聖書の言葉などを引用しながら、スピリチュアルな痛みというベールを一枚一枚はがして、患者を着地点に導いて行けばいいのだ。

 

 ところが、日本では多くの場合、死に対する共通認識はない。そこで、それぞれの患者が納得できる死や死後の世界のイメージを共に作り上げていく必要がある。患者は自らの悩みや苦しみを話すことで徐々に自らの境遇を理解し、ゆっくりと人生に納得することができるようになる。

 

 そのためには、何よりも患者の話をじっくりと聞く必要がある。「傾聴」は、話すことで患者自身が自らに出会って行くためのスキルである。その聞き役として最も相応しいのは宗教者だろう。なぜならスピリチュアルペインは、科学で癒すことができない類の痛みであり、そこにマニュアルは存在しない。患者は、聞き役との間にある種の信頼関係が生まれた時に初めて、科学では説明できない不条理なものにも耳を傾けることができるようになる。

 

 そして、その時点で宗教者はそれまでの人生で身につけた知恵や経験に基づいて、伴走者としてアドバイスを贈ることができるのだ。

 

 そのためには、信頼される宗教者に相応しい「個」を磨いておく必要がある。何も、改めて哲学書や経典を読んで教養を身につける必要などない。人々の心に寄り添うという、宗教者として当然の役割を果たせばいいだけのことである。

 

            『臨床僧の会・サーラ』事務局長 児玉修

 

 

 

    『緑蔭』について

 寺は、患者さんたちが闘病の途中でひと休みできる〝木蔭〟や、病と闘い続けるためのエネルギーを補給する〝オアシス〟の役割を果たすことができるのではないでしょうか。

僧侶が医療関係者でも家族でもない立場で話を聞き、疲れ切った心を休めてもらうことができる〝こころのオアシス〟。それが本会の『緑蔭』の活動です。もちろん、医療の最前線で生命と向き合い、神経をすり減らしている医師や看護師のオアシスにもなることでしょう。


(「歩歩清風」の該当ページをごらんください)

 

『臨床僧の会・サーラ』について

『臨床僧の会・サーラ』は、平成23年2月16日、京都市上京区の法輪禅寺に於いて、有志の僧侶8名と事務局が一堂に会し、発会しました。

代表
佐野 泰典

代表顧問(50音順)

臨済宗相国寺派
有馬 賴底管長
臨済宗妙心寺派
河野 太通管長
幸・総合人間研究所
早川 一光所長
事務局
児玉 修

会名の「サーラ」について

サーラ(沙羅)は仏教三大聖樹のひとつです。釈尊涅槃のとき、周囲にあった四双八株の花がことごとく白変したと伝えられています。沙羅双樹は寂静平安な心の象徴でもあります。日本では一般にナツツバキをもって当てられていますが、ほんとうの沙羅樹は本ホームページのヘッダーに掲げるフタバガキ科の常緑高木です。  

臨床僧の会・サーラ
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